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第1話 黒竜家への身代わり婚 03

last update publish date: 2026-04-08 16:16:08

 和館は静寂に包まれていた。古びた木造の廊下を進むにつれ、空気が次第に重く、圧し潰されるような冷気を帯びていく。白藤家とはまた違った寒さを感じた。

 薄暗い廊下の突き当たり。重厚な漆塗りの扉の前で薫子は足を止めた。鼓動が全身を駆け巡るように高鳴っている。

(この向こうに、怪物公が……)

 薫子は震える手で扉に触れ、ゆっくりと押し開けた。「失礼いたします」

 部屋の中は香の煙が立ち込め、霧がかかったように視界が悪い。

 その奥、一段高くなった上座に一人の男が座っていた。

 黒い軍服に身を包み、完璧な容姿を持つ男。頭に角、瞳は赤く、その背中には悍ましい黒い鱗に覆われた竜の翼が、威圧的に伸ばされている。一目で、人間ではないとわかった。

 しかし、噂に聞いていた怪物とはかけ離れた、神々しいまでの、冷徹な美しさを讃えている。

「……お前が、白藤家から来た花嫁か」

 黒竜黎斗(こくりゅうれいと)の冷徹な声が、薫子の魂を震わせた。その瞳は氷のように冷たく、薫子を映しているように見える。

「はい。白藤薫子と申します」

 薫子は黎斗の放つ圧倒的なオーラに気圧されながらも、精一杯の声で答えた。

「名前が違うな。俺は鈴子という強力な力を持つ巫女に縁談を申し込んだはずだが?」

「はい。わたくしは姉の薫子と申します。妹の代わりを務めるべく、やってまいりました」

「姉?」黎斗が鼻を鳴らした。「姉の方は無能の巫女と噂が立っているようだが、俺の呪いを鎮められるとでも?」

 黎斗は、薫子の古びた地味な着物を一瞥し、蔑むような視線を向けた。その言葉は白藤家で浴びせられ続けた罵倒と同じ、鋭い刃物となって薫子の心を切り裂く。

「それは……」

 薫子が言葉に詰まった、その時。

 黎斗の竜の翼が、突然、激しく羽ばたいた。彼の瞳が不気味な赤色に輝き、その口から悍ましい咆哮が轟いた。

「……うあああああ!」

 黎斗は苦悶の表情を浮かべて床に崩れ落ちた。彼の体から黒い気が噴き出し、部屋中に漂い始める。

(これはもしや……竜化暴走……!)

 竜の呪いは、様々な形で彼らを蝕むと聞いた。幼少期に出会った男の子も、いずれ呪いのせいで自分の体がコントロールできなくなってしまう、と言っていた。自分を助けてくれた彼に恩返しをしようと、竜と人体についての関りについて勉学に励んだが、結局巫女の力も戻ることは無く、あの時の少年に会うこともなかった。

「だから霊力の高いと噂の巫女を伴侶に申し込んだのに……このままだとまずい! 近づくな! お前を殺してしまう! 早く部屋から出ろッ!!」

 黎斗は薫子を睨みつけ、獣のような声で叫んだ。

 初対面の薫子に気を使ってくれている。自分の狂おしいほどのパワーを、なんとかとどめようと必死になっている姿を見て、薫子は胸を討たれた。

(……この人を……救いたい……)

 薫子は恐怖を押し殺し、黎斗へと歩み寄った。

「……なにをする!」

 黎斗は薫子を突き飛ばそうと右手を振り上げたが、その前に薫子が黎斗の体に触れた。

(少しでも私の力が残っているのなら)

(神様。彼をお助けください――)

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